林真須美の息子、「ポイズン」というあだ名を付けられていじめられていた サターンや64で楽しんでいた幸せからどん底に

「人間として最底辺まで落ちた」。関西地方の男性(29)はこの19年近く、殺人犯あるいは死刑囚の息子という重い十字架を背負って人生を歩んできた。
 男性の母親は、平成10(1998)年に発生した「和歌山毒物カレー事件」の犯人として逮捕され、殺人罪などで死刑判決が確定した林真須美死刑囚(55)、その人だ。
 地域の夏祭りで出されたカレーを食べた住民4人が死亡、63人が急性ヒ素中毒になった凶悪犯罪は、事件そのものの衝撃はもちろん、
テレビインタビューに冗舌に応じたり、自宅前で待ち構える報道陣にホースで水をかけたりした林死刑囚の強烈なキャラクターと相まってメディアを席巻。
 ワイドショーが林死刑囚の一挙手一投足を追い続ける「カレー狂想曲」が繰り広げられた。
 間もなく林死刑囚は逮捕されるが、当時から一貫して無実を主張している。カレーにヒ素を混入したのは本当に母なのか。
 そんな葛藤に苦しみ続ける長男が、これまでの壮絶な歳月を振り返った。

札束で積み木遊び

 金庫の中に保管された数億円の札束、アクセサリー、腕時計など貴金属類、それに「ニンテンドー64」や「セガサターン」といった複数のゲーム機器…。
 カレー事件前、和歌山市園部地区の林家には、大金やぜいたくな品々があふれかえっていた。
「おもちゃでも何でも、欲しい物は百貨店の外商で買ってもらえた。ふざけて札束を積み木のようにして遊ぶこともあった」。
 長男は通常とはかけ離れた幼少期の“異様”な暮らしぶりをこう打ち明けた。
(中略)
 林死刑囚は同年12月、カレー事件に関与したとして殺人などの容疑で再逮捕。
 殺人犯の息子という重い十字架を背負うことになった長男を待っていたのは、預けられた養護施設でのいじめだった。
 同じ施設に入所していた少年らから日常的な暴力を受けたといい、顔に傷ができれば職員らにいじめが発覚することから主に体を狙われ、生傷が絶えなかった。
「ポイズン(毒)」。いじめを受けていた少年らからこんなあだ名で呼ばれることもあったという。
 給食のカレーに乾燥剤を入れられ、気付かずに食べておう吐したことも。
 何不自由なく暮らしてきた自分の身に、なぜこのようなことが起きているのか、信じられなかった。
産経2017/4/26
http://www.sankei.com/west/news/170426/wst1704260003-n1.html